夜の風景


 その日の夜、イオスは一人でテラスに出ていた。
 ぼんやりと暗い景色を眺める物憂げな表情で思うことは一つ。
 ――肩が痛い。
 ずきずきと。
 先程部屋で確認してみると、肩にはおもしろい程くっきりと、
真っ赤な手形ができあがっていた。
「まったく……これじゃぁ本当にふろなんて入れやしない」
 などと夜風に向かって愚痴を言ってみる。
 誰にも返事など求めない独り言。
 の、つもりだったのだが……
「災難だったな、イオス」
「!」
 背後で声がした。
 最もよく聞き知った声であり、情けない愚痴など一番聞かれたくない相手の声が。
「る、ルヴァイド様!」
 赤い髪の騎士は自然な仕草で前へと歩み、イオスの隣に立った。
「災難って……あの、ルヴァイド様は昼間のことをご存じなのですか?」
「ああ。ネスティが二人をつれて俺の所にまで謝罪をしに来た」
「そ、そうですか……」
 マグナとトリスの後ろに立ったネスティが、二人の頭を片手ずつ
押さえつけて頭を下げさせる。
 という、自分に対しても昼間行われた行為の光景が浮かんで消えた。
「すまなかったな。俺がトリスたちをもっと強く止めるべきだった」
「! 止めて下さい、ルヴァイド様! これは僕個人が対処すれば
いい問題です。貴方が気を遣う必要は――」
「いや、お前は俺の大切な片腕だ。そういうわけにもいくまい」
「ルヴァイド様……」
 ……こういう人なのだ。
 イオスが祖国を裏切ってまでついてきたことを、
後悔せずに――それどころか、そうしてよかったと思えてしまった相手は。
 騎士としての強さや誇りはもちろん。けれどそれだけではない。
 部下たちを大切にしてくれる優しさがある。
 負傷した者に励ましの言葉をかけることもあれば、
命を失った者のために慟哭することもある。
 ……そう、自分にとってもよき戦友であった機械兵士の、最期の時のように――
「どうした、イオス?」
「あっ、いえ……」
 イオスは一瞬迷ったが、正直に言うことにした。
「ゼルフィルドのことを思い出してしまって……」
「……そうか。間違いなく、あやつも俺の片腕だったな」
 イオスは黙ってうなずいた。
「今でもそうだと、言えぬこともないが……」
 ルヴァイドは、腰にさした刃のない剣の柄に手を添えた。
 エネルギーを刃と化し、あらゆるものを切り裂くというその剣は、
ゼルフィルドがルヴァイドのために残した遺産だった。
 その剣とともにデグレアの軍によって発掘されたゼルフィルドは、
ルヴァイドが総指揮をとる黒の旅団に配属された、イオスと並ぶ
ルヴァイド直属の部下であった。
 彼が果てたのは二年前の悪魔との戦いの際。彼はルヴァイドを守るために、
敵の悪魔ごと自爆を謀ったのだ。
 結果は――悪魔は生き残り、ゼルフィルドだけが命を落とした……
「俺は今でも納得しておらぬ」
「ルヴァイド様?」
「あやつの自爆など、俺は……」
 ルヴァイドの手に力がこもるのがイオスには分かった。
 沈黙が訪れる。
 二人は黙って、暗い風景を見下ろした。
「イオスよ」
 再び口を開いたのはルヴァイドが先だった。
「はい、ルヴァイド様」
「お前は俺をおいて逝くな。絶対に」
「……はい」
 イオスが答えると、ルヴァイドは廊下の方へ歩きはじめた。
 イオスもそれに続く。
 どこまでもついて行きたい、この人の背中に。
 そう思う。
 しかし……
 ゼルフィルドと同じような立場になった時、自分はどのような行動に出るのか?
 イオスにはそれが半ば分かっていた。
 だから、死ぬなと言うルヴァイドの言葉に、すぐに答えることができなかった。
 ルヴァイドがそのことに気付いたかどうか、イオスには分からない。
 ただ、望む。
 そのような選択を迫られる日が訪れないことを。
 夜の風は、カサカサと木の葉を揺らしていた。


                      < こんなんでも 完! >

 幼いルヴァイドとそれをあやすゼルフィー、というドラ○もんちっくな
ありえない映像が頭から離れない今日このごろ……(阿保

                    2003(H15).5.15...

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