鬼の面の角の数


「ねーねー、鬼の役やってー」
 月波[つきなみ]は、いつも通りのにこやかな笑顔をうかべ、紙皿で作ったという
鬼のお面を差し出した。
 それを見て、火波[かなみ]はびびくぅうっ! と心臓やら胃やら肝臓やらを一気に
縮み上がらせた。

 紙皿に描かれた鬼の形相を見て・・・ではなかった。
 お面を向けられているのは火波ではないのだ。
 そのお面が製作者とは似ても似つかぬ凶悪な表情――ほほにはヤクザ然とした
傷あとまで書かれていた――であることは、先ほど月波に見せてもらい知っていたが。

 火波がびびった(死語?)のは、月波がお面を差し出し、
鬼役をやってくれるよう頼んだ相手を見てだった。
 色画用紙でできた黄色い2本の角の先にあるのは、パイプ椅子に座って
本を読む人物の背中。見ていただけで震え上がった火波とは違い、
声をかけられた当人でありながらぴくりとも動かない。

 3年の冥波界[くらなみ かい]。
 ここ――生徒会会議の始まる前の生徒会室――にいるのは、もちろん彼が
火波や月波と同じく九星学院中等部の生徒会役員だからだ。
 役職名は「防犯委員長」。
 委員長というのに「防犯委員会」なんてものはないし、昨年度には存在せず
今年度新設され、来年度残るとも思えない役職だ。

 といっても、生徒会役員を役職ではなく 生徒会役員として 選ぶ
九星学院では、権威づけのためなのか何なのかは分からないけれど
役員に一代限りの新たな役職名をつけることがときどきある。
 「小等部代表」という肩書きを持つ小等部四年生の月波もその一人。
小等部の学生でありながら、中等部の生徒会役員となったことの方が
珍しい。と思う。

 しかし彼は、小等部と中等部との合同行事などで挨拶したりと
立派に目に見える役目を果たしている。
 よっぽどなにをしているのか分からないのは防犯委員長、冥波の方だ。
 防犯といって、夜中寮のまわりを懐中電灯を持って見回るでなし・・・
 そもそもそれは、学校が雇ったプロの警備員で十分のはずだ。
 では冥波の肩書きは、実体のない名前だけのものに過ぎないのか?

 火波の友人の一人はこう言った。
「冥波先輩は、入学早々からんできた不良グループを返り討ちにして、
以来アゴで使ってるんだ。奴等が犯罪を起こさないよう抑えてるともいえる。
 な、だから防犯委員長なんだよ、うん」
 何を言っているんだ、と最初思ったのは、学校があまりに平和で
不良グループの影など、まったく見えなかったからだ。
 が、先輩などから話を聞いていると、本当にそういうものがあったらしい。

 冥波が入学する前年までは。

 友人の冗談のような話が、だんだん真実のような気がしてきた。
 もともと冥波には そういう 雰囲気があった。
 大部分は肩まで、後ろと左耳のあたりの一部分だけを長く伸ばした
凝ったカットの髪は、まさに漆黒。
 一睨みでたいがいの人が硬直せずにいられなくなる鋭い目。
 ほぼ一年、同じ生徒会役員として過ごしてきた今でも感じる威圧感。
 不良グループだって、目だけで倒せるかも知れない・・・
 そんなことまで思わせてしまう雰囲気の持ち主なのだ。
 で、今、そんな冥波に満面の笑顔の月波が鬼役を要求している・・・

   怒らせたらヤバイ!?

 いや、まぁ、ほぼ一年の生徒会活動の中で、ぶち切れて暴れ出す冥波、
なんていうのを見たことはなくて、せいぜいボソッと小声で
悪口に悪口を返すのか、無言で睨むのしか見たことないのだけれど、
 それでも

   コワイもんはコワイ!!

 と、いうわけで、火波は冥波が本から目を離し無邪気な月波に何か言ったり
睨みつけたりする前に、月波に声をかけた。
「冥波さん、本を読むのに忙しいみたいだから、オレがかわりにやるっすよ」
「火波さんが? 頼んでるのは今だけど、やるの放課後だよ。
 野球部のコーチ行かなくていいの?」
「大丈夫っすよ。会議の日はもともと遅くなるって言ってあるっすから。
 少しくらい」
「そっか、じゃぁ・・・」
 月波は手にもったお面に視線を落とし、つぶやいた。
「赤鬼にして角1本にするんだった」

つのつの1本赤鬼どん、つのつの2本青鬼どん
                    ・・・で、良かったですか?
火波が赤鬼なら、冥波は黒鬼のはずですよね(汗

 小説 ・ 


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