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秋の某日その町で


「こ、ら――――っ!!!!!」

 だいぶ涼しくなってきた朝の空気を切り裂き――

 新鮮学園中等部、その校舎がある町の交差点に大音声が響き渡った。

「たばこのポイ捨てなんかすんなよな! あぶねーだろ!」

 声の主は、白い半袖のカッターシャツに学生ズボンの少年だった。胸についた名札には、「1−B かきの」の文字。黒髪黒目、背の低い童顔の少年で、どういうわけだか黒髪からぴょこんと生えた一房の寝癖が、怒りにあわせてぴこぴこゆれているようないないような……。

 そんな彼に、煙を上げる吸いかけ(吸い終わった?)のタバコを手にして対峙するのは、赤いオープンカーに乗った若い女性。サングラスをかけた女性は、きっちりとメイクをし、そこそこ整った顔をしているようなのだが……

「うっせーよ、ちび!」

 と、きたものだ。

「ちびっていうな――っ!!!!!!!!!!!!!」

 一番のコンプレックスを刺激され、かきのは先ほどの数倍はあらんかという声をはりあげた。

 その少し後ろでは、言葉もはさめずおろおろするセーラー服の女子生徒が一人……


「あっらら〜」

 その光景を目にし、緑野葉[みどりの よう]は呆れたような声を上げた。

 彼女は、新鮮学園中等部の生徒であり、赤いオープンカーの女性と対峙する少年――かきの種[たね」とそれなりに親しく、彼らの後ろでおろおろする女子生徒――梨野川[なしの かわ]とは、親友であることを公言する仲だ。

「大変ねー、学級委員のお仕事。『秋の交通安全運動』だったっけ?」

 彼女はふりむき、いっしょに道を歩いている相手に声をかけた。

「ああ。タバコのぽい捨てが交通安全に関わってくるのかは多少疑問だが」

 固い口調で応えたのは、彼女たちと同じ学校、クラスに通う男子生徒、梅野実[うめの みのる]。この時期になっても半袖を着るかきのと違い、黒い学生服をきっちりと着込んでいる。

 彼は、緑野の陰謀により(梅野本人談)、かきのの親友にまつりあげられた最悪についていない少年(これも本人談)だった。

 分厚いメガネに、学年一の秀才、趣味は読書(しかもなんか難しそうな学術書)とくれば、夏休みに補習づけになっていたかきのなんぞより、よっぽど学級委員にふさわしそうなキャラクターだ。

 ――が、正直人と話すより本でも読んでいたい、という傾向をもつ彼は、「人付き合い」という観点からはコミニュケーション能力を必要とする役職向きではない。

 今日、学校に行く途中でばったり緑野と出くわしてしまったことも、「捕まった」という表現で日記に書くつもりでいたし、かきのと「親友」だと周知されてしまったことも、「あれは奴が勝手につきまとってくるだけだ!」と激しく反論してやりたかった。(もとい、実際にして誰にも受け入れられなかった)

 そんな彼だから、

「俺だったら、てきとーに立って、注意も何もしないで時間を潰すな」

 そんなことを呟いた。


『注意をする』というのは、相手とかかわりをもつことだから。

 自分にタバコの火が当たりでもしなければ無視するだろう。そうでもない限り、自分にはかかわりのないことのままで過ぎていくのだから。


 今目の前で繰り広げられたように、言い返されて不快な思いになるのもごめんだ。

 下手をすると、注意された相手が逆切れして殴りかかってくる、なんていうのもニュースでは聞く話だ。


 そうなると、『度胸と腕っぷし』がなければ『注意』などできないことになる。


 ――いや、そもそも――


『注意をする』のは、

『相手が直してくれると信じている』ときだ。


『相手は態度を改めはしない』

 そんな風に、相手を信じることをやめた者は最初から注意などしない。


『注意ができる』のは、『人を信じている証拠』。


 ……と、そこまでなにげなく考えたところで、自分が考えすぎであることに気がついた。

「かきのの場合、バカ正直なだけ、か」

「こういうことが悪いことなので、沿道に立つ人は、そういう人に注意してください」と教えられれば、あいつはその通りにする奴だ。

 なにせ、

「かきの、あんたは梅野と親友になればいいのよ」

 その緑野の一言で梅野につきまとい始めたような奴なのだから。


「梅野、なに一人でぶつぶつ言ってるのよ?」

「別に。それより行かなくていいのか? 『親友の』梨野がある意味ピンチだぞ」

「もちろん行くわよ。かきののバカに新鮮学園の評判落とされても困るし。注意するにしたってやり方があるわよねー」

 言うなり、彼女は梅野の手を ふん捕まえて 駆け出した。

「おい、なぜ俺を引っぱる?」

「あんたの『親友』のかきのが問題起こしてるのよ。当然じゃない」

「だから、それはお前らが――」


 なんだかんだ言う梅野が、しぶしぶつきあってくれること、でもって、皮肉屋の彼がオープンカーの女性を言い負かすであろうことを想像し、緑野は少しわくわくしながら騒ぎへ向かって駆けて行くのだった。


 <了>

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こんだけ強引な相手に囲まれてなきゃぁ、
梅野くんは本当に一人で過ごしてるだろうなぁ・・・。




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