さえきち 狼少年と赤ずきん

狼少年と赤ずきん

 あなたはオオカミ少年のお話を知っていますか?

 オオカミが来ていないのに、オオカミが来たとウソをついていた羊かいの少年が、本当にオオカミが来た時には誰にも信じてもらえず、オオカミに羊を食べられてしまったというお話。

 実はこのお話には、こんな真実が……あったのかもしれない。




   狼少年と赤ずきん



 ふぁ〜……

 真っ青な空を眺めながら、一人の少年が大きなあくびをした。

 木の柵にもたれかかり、今にも眠りに落ちようとしている彼は、羊飼いのコータだった。

 コータは暇だった。

 何でこんなに暇なんだ〜〜〜〜〜〜〜〜っ! と、叫びたくなるほど暇だった。

「ねー、コータ〜。ちゃんと羊飼いのお仕事してる〜?」

 一匹の羊がコータに近寄ってきて声をかけた。それは羊の夏希だった。コータが生まれたときからずっといっしょに育ってきた、一番仲の良い羊だ。

「よ、夏希。……仕事っていってもさぁ……夏希たちは勝手に草食べてるし、オレがやることなんて何もないじゃんか」

 ふぁああ、とまたあくび。

「それはそうだけど……ねぇ、コータ。狼が来た時は、ちゃんと起きて村の人たちを呼んでよね。狼になんか食べられたくないよ。ずっとコータといっしょにいたいのに……」

「分かった分かった。狼が来たら大声で鳴いて起こしてくれ。そしたらすぐに村の人を呼びに行く……から……」

 言っているうちにもコータは眠ってしまった。

「まったく……」

 夏希はため息のように呟きながら、けれど、優しい目でコータの寝顔を見つめてから、仲間の羊の方へ戻って行った。


 コータは、お菓子の国で遊ぶ夢を見た。

 村の家は全部ビスケットで、板チョコの木の柵の向こうでは、緑色に着色されたチョコレートの草原を、ホワイトチョコでできた羊たちがはんでいた。

 夏希だけは幼馴染なだけあって特別で、ふわふわの綿がしだっ。

 コータは何から食べようかとまわりを見渡し――

 お菓子でないものが村に入ってくるのを見た。

 狼だ!

 しかも、甘党の狼なのだとコータは瞬時に理解した。

 まずい! いや、お菓子はおいしいだろうけど、このままじゃやばい! 狼は羊も、柵も、草も、家も、お菓子になっていないコータ以外のものをすべて食べてしまうっ!

 コータは焦った。

 狼に向かって駆け出し、

「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 ごちぃいいいいいんっ!

「ったーーーーーーーーーーーーーっ!」

 コータは額を押さえて叫んだ。

 夢の中で駆け出したコータは、現実の方でも立ち上がろうとしてしまったのだ。そして、何かに額がぶつかり――

 ……何かって、何?

 コータは痛みで閉じてしまった目を、そっと開けてみた。

 そこにあったのは……よつんばいになって額をおさえる、人影。その人影はフードで完全に顔をかくし、マントを羽織っているため体型もよく分からなかった。

「あ、あの……大丈夫?」

 一応声をかけてみるコータ。

 すると人影は、ばっとコータから飛びのき――

 再びその場でしゃがみこみ、額をおさえた。

 コータがぶつかった相手は、このフードの人物だったのだろう。で、コータのヘッドクラッシャー、かなり効いてしまったようである。

「うぁぁ、ご、ごめん」

 コータは立ち上がり、フード姿に駆け寄った。

「けど、お前だって悪いんだぞ。どーしてオレの額にぶつかるよーなとこに?」

「そ、それは……」

 口を開くフード姿。

「あなたの寝顔があまりにかわいかったから、つい……」

「へ?」

「い、いえ、何でもありませんよ」

 言うと、フード姿はもう大丈夫だというように立ち上がった。

「あなたに顔を近づけていたのはですね、お知らせしたいことがあったんです」

「知らせたいこと?」

 コータは首をかしげた。

「ええ。実にかわいらしい反応で私は……いえいえ、これは関係ないですよ。独り言です」

「ん〜〜〜?」

 さすがのコータも、だんだん相手を不審がる目つきになりはじめた。

「そんな顔をしては、せっかくの可愛い顔が台無し……いえ、お知らせしたいのは、狼が近くにきている、ということなんですよ。狼が」

「狼だって!?」

 その凶暴な動物の名前を聞くと、コータはすぐにフード姿への不信感を捨てた。そんなことにとんちゃくしている場合ではないからだ。

「はい。すぐそこに……」

「大変だ!」

 言うなりコータは村へ向かって駆け出した。

 狼が来たら、コータ一人ではどうにもできない。自分自身が食べられてしまうオチだってあり得るのだ。はやく村の人を呼んでこなくては――

 しばらく走った後、コータはふとあることに気付いて振り返った。

 牧場の柵の前には、まだフード姿が立っている。

 コータは走ったまま手を振って、「ありがとー!」と叫んだ。


 コータが村人を連れて牧場に戻った時、狼はどこにもいなかった。

 羊の夏希にきいても、狼など来なかったと言われた。

 フード姿もいなくなっていた。

 コータはこっぴどくしかられた。

 悲しかった。

 まる。


 次の日も、コータは昼寝をしていた。

 今度の夢は、ジュースの国だ。

 何色もの滝が、高い山のあちこちから流れ出し、コータはコップを持って好きなジュースの色を探して回った。

 そこにも狼はやってきた。

 まずい。

 ジュースはおいしいけれど、やばい。

 あの狼は、ここにあるジュースを全て飲み干してしまえる!

 コータは瞬時にそう悟った。

 そんなこと、させてたまるかっ!

「来るなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 ごちぃぃぃぃんっ

「つぃっっっ!」

 コータはまた、何かに額をぶつけた。

 目を開けると……なんと、昨日のフード姿ではないかっ!

「お、お前……」

「あぁ、あなたの寝顔を見ているとつい……」

「へ?」

「いえいえ、何でもありませんよ。それより、また狼が来ていますよ」

「なっ――すぐに村の人を――」

 コータは駆け出しかけ、すぐにぴたりと足をとめた。

「……どうしたんですか? 村の人に知らせなくていいんですか?」

 不思議そうに問いかけるフード姿。

 コータは下から背の高い相手を睨み上げ、

「昨日お前、そう言ってオレにウソ教えただろ!」

「ウソ?」

「そ! オレが村の人を連れてきたら、狼なんてどこにもいなかった。おかげでオレ、すごい怒られちゃったんだからなっ!」

 言いつつ、頭のてっぺんのたんこぶを指そうとしたが――それは一晩も経たないうちにひっこんでいたのだと思いだした。

「誤解ですよ」

 フード姿は、慌てず騒がず落ち着いた様子でそう言った。

「誤解?」

「ええ。狼が来ていたのは確かなんです。村人が来る前に、どこかへ行ってしまったのかも知れませんねぇ……」

「あっ、そっか。……いや、けど夏希は見てないって言って……」

「早くしないと、今日も逃げられてしまうかもしれませんよ」

 考えようとしているコータを、フード姿がせかした。

「あっ、そ、そっか」

 コータは慌てて駆け出した。

 駆けている途中で、やっぱりふと思い出し、振り返る。

 フード姿に手を振って、

「ありがとー。ウソつき呼ばわりしてごめんなー」

 コータは村へ向かって、昨日以上に全力疾走した。


 コータは昨日以上の早さで村人を連れて牧場に着いた。

 やっぱり狼はいなかった。

 夏希にも狼は来なかったと言われた。

 フード姿もいなくなっていた。

 またしかられた。

 すごく悲しかった。

 まる。


 それから数日……

 コータは毎日フード姿に会い、狼が来たと言われては村人を呼びに行き、けどやっぱり狼はいなくてしかられた。

 二日目の時にコータはフード姿をウソつき呼ばわりしたが、今ではすっかり自分がその立場だ。

 決して、コータはフード姿を完全に信用しているのではない。二日目以降、いつも疑ってかかっている。

 けれど、せかされたり、申し訳なさそうにされたりすると、疑うことを忘れて村に駆け出さずにはいられなくなるのだ。

 そして、今日もフード姿はやってきた。


 今日の夢で、コータはおいしそうな料理の山に囲まれていた。

 羊の夏希も同じ食卓についていて、高級牧草でできたサラダをおいしそうに食べている。

 さて、自分は何を食べようか?

 そう思い、料理を見渡していると――料理の向こう側に狼がいることに気付いた。

 まずい!

 いや、だから、料理はおいしそうなんだけど……狼の奴は、皿ごすべての料理を食べてしまうに違いないっ!

 そんなこと、させるものか!

「狼覚悟―――――――――――っ!」


ごちぃいぃぃんっ

 今日も、コータは額をおさえて涙目になった。

「はぁ……どうにかパターンから抜け出せないものかと、自分自身が悲しくなってきますねぇ……」

 やっぱり頭をぶつけた相手だったフード姿が、何か意味の分からないことを呟き立ち上がる。

「……また狼が来たのか?」

 フード姿が話しかけてくる前に、コータが言った。

「え? え、ええ。その通りです」

 そんなことはこれまでで初めてだったため、少しとまどいながらフード姿は答えた。

「ふーん……」

 気のない調子で言うコータ。

 羊たちが平和そのものの様子で草をはみ、空を白い雲が流れていく。小鳥がさえずり、近くの小川のせせらぎが届く――

「あの〜……」

「うーん?」

 おずおずと声をかけてくるフード姿に、コータは寝直そうとする体勢のまま、片目だけを開けて返事ともいえないような声を返した。

「村の人を呼びに行かなくていいんですか?」

「だ〜って」

 ごろり。

 寝転んだまま、仰向けからフード姿の方へごろんと体の向きを変える。

 うらめしそうな目つきでフード姿を見上げ、

「呼びに行ったって、無駄だから」

「無駄? 狼がいないからですか? 何度も言っていますが、それは――」

「違うよ!」

 言ってコータは体を起こした。

 あぐらをかき、目はフード姿をうらめしそうににらんで……

「昨日村の人を呼びに行ったら、『お前はまたウソをつくのか!』って怒るばっかで誰もオレについてきてくれなかったんだ! みんなからウソつきコータ呼ばわりされて……もうこんな村いたくない! 狼が来る? いいよ、もう、かまうもんか! いっそ食われて死んでやる!!」

 コータは涙混じりに吐き捨てた。

 何でオレがこんな目にあわなきゃいけないんだ!

 オレは、ちゃんと真面目に羊飼いの仕事を果たそうとしているのに、どうして――

「……この日が来るのを待っていましたよ」

「なんだと! どういう意味――」

 コータの怒りの声を遮り、フード姿がフードを外した。

 そこから現れたのは――

「なっ――お、狼!?」

 そう、フード姿の正体は、コータが何度も夢に見た狼だったのだ。

「ふふふ……私は狼の乾ですよ。この日を待っていました。

 村人があなたの言葉をウソだと思い、相手にしなくなる日を……これでもしあなたが助けを求める声を聞いた村人がいたとしても、ウソだと思って助けには来ないでしょうねぇ……」

「ん……な……」

 座ったまま、後ろに手をつくコータ。

「や、やっぱり最初から騙して……」

 恐怖の中で、声をしぼりだす。

 村八分になるくらいなら、狼に食われた方がまし、などと思わず叫んだが……やっぱり食われたくなんかない!

「おや? 私がいつウソをつきましたか?」

 不気味なほどにこやかな笑みを浮かべ、乾が詰め寄ってきた。

コータは後ろ手のまま後ずさる。

「狼が近くにいると言った時、狼である私はちゃぁんと、あなたの近くにいたじゃありませんか」

「!?」

「さて、それでは……」

 ぐっ――

 コータは目をつむり――

「コーターーーーっ!」

 自分を呼ぶ声。

 はっとして目を開ける。

 異常を察知した夏希がこちらに向かって駆けてきていた。

「ばか! 来るな、夏希!」

 びっくりして叫ぶコータ。

「やだよ、コータ! ずっといっしょにいるって言っただろ! たとえ、狼のおな……おなな……かのな……かでも……げはぁっ」

 ばたんっ

「ああ、夏希ぃ!? お前、獣医さんから十センチ以上走っちゃいけないって言われてたのにっ!」

 三メートルくらい先で血をげほがほ吐いて横倒しになっている夏希を見ながら、コータは深い友情に涙した。

「おやおや。変な邪魔が入ってしまいましたねぇ……」

「変な、だと……」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 親友をけなされ、コータの怒りのボルテージが上がりはじめた。

 弱気になどなってる場合じゃない! 夏希がだめでも(注:まだ生きてます。一応)、その分まで他の羊たちを守ってみせるっ!

 コータは立ち上がり、ファイティングポーズをとった。

「そんな怖い顔をしないで下さいよ」

 乾はあくまで余裕の表情だ。

「あなたに危害を加えるつもりはないんですから」

「オレになくても、羊たちは襲うつもりなんだろっ! オレは、羊たちを守る。

 羊飼いとして、夏希の親友として!」

 迷いの一切ない瞳で乾を睨みつける。

「やれやれ……羊に手を出すつもりなんて、私には毛頭ありませんよ。用があるのはあなただけです」

「へ……」

 コータの頭が混乱し始めた。

 さっき乾は「危害を加えるつもりはない」と言った。

 なのに、「用がある」というのは一体……

「こういうことですよ」

 しゅんっ

「しまっ――」

 迷いを見せたコータに隙ができた。

 ――いや、コータに隙がなくとも、結果は同じだったかもしれない。

 それほどの俊足で狼が移動し――コータを背中にかつぎ上げた。

「………………………………え?」

「さぁ、コータくん、いざ私たちの愛の巣へ!」

「へ? アイノスって何……って、わ――」

 乾が駆け出し、コータは舌をかむ恐れからしゃべれなくなってしまった。

 はたして、コータの運命は――


 一方そのころ、牧場もよりの森の中にて……

「ねーねー。赤ずきんの桜ちゃん」

「はいはい。猟師の巽さん」

「君のおばあさんを狼から助けたお礼のキス、どうして君じゃなくて、君のおばあさんからしてもらう、ってことになっちゃったのかなー?」

 巽は桜のおばあさんからキスされた場所――なんとか急所を外れて、唇の右下のあたり――をハンカチでこすり続けながら言った。おばあさんの家を出た直後から続けている行動である。

 ちなみに、ここでの狼は乾とは別狼なのでご注意ください。

「だってぇ、」

 桜は巽ににっこり笑いかけ、

「桜ちゃんのおばあちゃんね、狼のお腹から出てきて一番最初に見た巽さんに一目ぼれしちゃったんだって。にわとりのすりこみといっしょだよー」

「いや、何だかそれは理由になってないよーな……ね、ねぇ。キスが駄目ならさ、せめてデートしない?」

「ん〜……桜ちゃんちの門限、厳しいからな〜」

「明るいうちまででいくらでもOKだよ! 昼夜なんか関係なくやることはやれる……いや、あはははははは〜」

「あはははははは〜♪」

 巽のごまかし笑いに、桜の心からの笑いが唱和した。

 そんな彼らの前を、一匹の狼が走り去った。

 背中には一人の少年をかついでいる……

「あれー? 今狼さんに乗ってたの、桜の幼馴染のコータだよー」

「コータ?」

「うん。村の牧場で羊飼いのお仕事をしてるんだけどー……今日は狼さんとデートみたいだねー」

「へー。種族を超えた愛か。変わった奴がいるもんだなー。ま、それはいいとして桜ちゃん、さっきのお話の続きを……」


 この二人が、コータの姿の最後の目撃者となった。

 一匹と一人がどうなったのか知るものは、本人たち以外誰もいない……


 あ、ただし、羊の幽霊とおばあさんに追いかけられる猟師の姿は各地で目撃されたということです。

 めでたしめでたし。


「何がだーーーーーーーーーーーーーーっ!」

『巽さーーーーーーーーーーーーんっ!』(ハモリ)



<狼少年と赤ずきん:完>



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