a little kindness goes a long way



「シロシロー! おひなさま見にきてー!」

「お雛様?」

 相変わらず元気な――ただ、どこか不機嫌そうなネコの声に呼ばれ、シロは屋敷の中を移動する。

 屋敷――かつてクロが一言様と過ごしたという山奥の日本家屋だ。

 よく生きてたなー、と振り返って思ってしまう出来事をあれこれ乗り越えて、シロ、ネコ、クロの三人は今、ここに腰を落ち着けている。

 都会から離れているせいで不便なこともあるけれど、畑があるし、おすそ分けをくれる人もいてくれるし、王関係の偉い人もちょっかいかけてこないし……疲れた体をのんびり休めるにはちょうどいい居場所になっていた。

 うん、お年寄りくさいよね、僕!

 なんて思いながら、ネコが呼んでいる部屋に入る。

 そこには、ネコと、クロと、年季が入って見える家具と――

「おお……」

 思わず感嘆の声が出る。

 すっかり見慣れたしっかりとしたつくりの箪笥の上に、初めて見るガラスのケースが乗っていた。

 その中で、上品――というよりは、格調高く、お内裏様とお雛様の人形が並んで座っていた。

 感嘆してしまったのは、ぱっと見で、「わ、高そう」と思ってしまったからだ。

 テレビなどで、七段も八段もある「豪華」な雛飾りを見たことがある。対するこのガラスケース入りの人形はお内裏様とお雛様だけだ。

 それでも。

 ぱっと見でも分かるほどの、細工や小物の細かさから、もしくは、目に見えないオーラとでもいうようなものが、この人形がただ者ではないと主張していた。

「分かるか、シロ」

 ガラスケースの横に立ったクロが、そう言って得意げにうなずく。

 あ。これって「一言様自慢モード」?

 ケースに近寄り、その細工を改めて確認し、

「これ、どうしたの? ネコのために買ったの? それともまさか、一言さんが作ったもの?」

 隣に立つクロを下からうかがうようにして尋ねると、クロは怪訝そうに顔をしかめた。

「一言様は俳人であられて、人形師ではないぞ。これは一言様の御友人が作って下さったものだ」

「あー」

 それで謎の一端はとける。

 一言様のご友人が作ったもの→一言様のなにもかもが誇らしいクロには、一言様の御友人が作ったものも誇らしい→得意げ。と、いうことのようだ。

「じゃぁ、クロが頼んで、一言さんの御友人に作ってもらったってこと? ネコのために」

「いや、これはずいぶん前に作られたものだ。ネコのために作ってもらったわけではないのだが……せっかくだからな。しまいこんでおくのも申し訳ない逸品であるし、今年はネコがいるから出すことにした」

「ふむふむ……」

「なのにこのネコは……」

「うー……だってクロ、いいものくれるって言ったんだもん!」

「素晴らしいだろうが!」

「人形は食べられないもん!」

 と、この三人でいるとよくあるネコとクロの口論が始まってしまった。

 これも、ケンカするほど仲がいい、っていう奴なのかなぁ?

 そんなことを思いながら、シロは何が起きたのかを理解する。

 一言様のご友人の手による自慢の一品を「いいもの」と言ってネコに見せたクロ→いいもの=食べ物だと思ったネコの反応いまいち→僕を呼んでこいって話になる&僕を呼んだネコの声は不機嫌になる。

 ……ってとこだよね、これは。

 シロがふむふむと納得していると、

「シロ。お前にはこの素晴らしさが分かるだろう!」

「シロ! クロがしつこいよー」

 シロを呼んだ目的を果たすための声が飛んできた。

 どういう状況かはだいたい理解できたけど……

 シロはもう一つ、確認したいことがありクロに尋ねた。

「ねぇ、クロ。なんでお雛様があるの?」

「今説明した通りだ。これは一言様の御友人が……」

「なんで一言様の御友人がお雛様を作ってくれたのか、だって。

 一言様とクロ、二人暮らしじゃなかったの?

 もしかして、もう一人女の子がいっしょに暮らしてて、クロの幼なじみだったり、いいなずけだったりとか……!?」

「どこからくるんだその発想は!?」

「シロシロー。いいなづけってなに? おつけもの?」

「違うよネコ。いいなずけ、っていうのは結婚を約束した相手のことだよ」

 やっぱりネコの発想は食べ物が先になっちゃうんだよね、と再確認しつつ、

「ちなみにこの発想は、学校の友達が教えてくれた漫画からです」

「……まったく……」

 シロの答えを聞いたクロは複雑な表情を浮かべた。

 からかわれたのが悔しい。一方で、シロがあの学校の友人たちと改めて親しい関係を築けたことを嬉しく思ってくれている。

 シロはクロの表情をそう解釈し、どちらの反応にも満足した。

「でさ、本当にどうして? これ、誰のお雛様なの?」

「……これは、一言様の御友人が俺のために作って下さったものだ」

「……『実は女の子でした』設定の方か……」

「方か……」

「そんなわけがあるかっ!! ネコ、わけが分からないままシロの真似をしてうなずくんじゃない!」

 シロはクロに言い返そうとするネコをなだめながら、

「じゃぁ、男子のクロにどうしてお雛様?」

「それは……一言様が子供をひきとったと聞いたときに、御友人が何か勘違いされて、ひきとられた子供を女の子だと思い込んだんだそうだ」

「なるほどね……。クロ、女の子と勘違いされて嫌じゃなかったの?」

「それは……少しはあったが……」

 ガラスケースに顔を向け、目を細めてクロは答える。

「これは、勘違いがあったとはいえ俺のために作って頂けたものだ。

 ――誰かが自分を思って何かをしてくれるのは喜ばしいこと。その気持ちを大切にしなければいけない――

 その時、一言様が教えて下さったことだ」

 ガラスケースを見つめるクロの目は本当に穏やかで、一言様との生活を懐かしんでいるようだった。

「そんな大事なお雛様を、クロはネコにあげようとしてたんだ?」

 少し、躊躇する様子を見せてからクロは言った。

「邪険に扱ったつもりはない。

 お前たちになら、御友人も一言様も喜んで許して下さる」

「クロってさ……」

 シロは口の端を引き上げ、

「実はほんっとうに僕たちのこと好きだよねぇ」

「う、うるさい!」

「ねぇ、ネコ」

 赤くなるクロを放置して(笑)、シロはネコに話しかける。

「クロはさ、本当に大切なものをネコにくれようとしたんだよ?」

「〜〜っ」

 ネコは動物のネコのように振る舞うし、境遇から幼いものの考え方もするけれど、今の話をきいていてクロの気持ちが分からないような子じゃないとシロには分かっている。

 それに、

「クロに何かしてもらえることが、嬉しくなかったわけじゃないんだよね?」

 勘違いがあっても、自分が欲しいと思ったものがもらえなくても、相手が自分を思って何かしてくれたことを、なんとも思わないような子でもないよね、とも。

「だったら、どうすればいいか分かるよね?」

 シロに促され、ネコはようやくそれを口にした。

「ありがとう、クロ」



<a little kindness goes a long way:了>




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【あとがき】

最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。m(__)m
おくればせながら、ひなまつりネタです。
クロが女の子と勘違いされてひな人形贈られたら……という思いつきから、
なんかこうなってました。

王って、もともとカリスマのある人がなるイメージがありまして……
一言様も、目立たないけどモテモテというか、
いい人脈をもっている気がします。
というわけで、クロにひな人形をくれた「御友人」、人間国宝です。
まずないでしょうが、あの人形を売ろうとすれば素敵なお値段になります。
や、でも、本当に切羽詰まったら、一言様も御友人もお許し下さる、
って売っちゃいそうですけどね。このクロ。

あと、
この後、シロが折り紙でひな人形作ってあげたら、
ネコが大喜びで、クロがちょっと機嫌悪くなる、なんてネタもあります。
で、その折り紙は、ドレスデン時代に
中尉が妹(捏造)からもらった手紙についていた折り紙を見たヴァイスさんが
興味持って教えてもらったもの、とか……
あの時代、兄弟多いご家庭が多いですし、中尉は弟や妹の面倒を見てきた
長男のイメージがあります。
ヴァイスさんのこともその延長みたいだと思ってたりとか……^^
アニメでシロが「妹がいる」という嘘を思いつくのもですね、
中尉に妹がいたということが忘れているとはいえ記憶にあったから、
だとか……!!!!!(ないよ! どこまで原作にリンクさせたいんだよ!?)

……K妄想、楽しいです。捏造ばかりですけんども。
それでは、改めましておつきあいありがとうございました。m(__)m

※Pixivに先行投下(2013年3月10日 00:35)
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16:07 2013/06/25